第112話 ジャガイモの食品化と食中毒
2023.07.01
2023/7/1 update
図1にように、東京の小学校で調理実習が行われ、茹でたジャガイモを食べた小学生20名が腹痛、頭痛、発熱、倦怠感等の症状を訴えました。東京都の調査により、残ったジャガイモから、ソラニンとチャコニン(図2)が検出され、ジャガイモ中毒と断定されました。
毒があるのに食べ続けられているジャガイモについて考えてみましょう。
1) ジャガイモのグリコアルカロイド
図2のようにジャガイモは、ソラニンやチャコニンと呼ばれる毒性物質を作ることがあります。ステロイド構造と呼ばれる部分と糖の部分が結合した構造です。糖(グリコ)の部分と窒素を含むアルカロイド構造の部分を持つことから、グリコアルカロイドとも呼ばれます。アルカロイド配糖体とも呼ばれることもあります。同じナス科のトマトもトマチンと呼ばれるグリコアルカロイドを作ることがあります。
ジャガイモの故郷は、南米アンデス山脈の中にあるティティカカ湖周辺です。14世紀から15世紀にかけてインカ帝国が栄えていました。その繁栄を支えていたのはジャガイモでした。
インディオの人たちは、図3のようにジャガイモの毒抜き処理をして、食べていました。高度4,000mの高地でジャガイモを栽培し、毒抜き乾燥イモ「チューニョ」にする技術を開発したのでした。
16世紀にインカ帝国は、スペインによって滅ぼされました。ジャガイモはヨーロッパに伝えられましたが、まとも食材としては扱われませんでした。毒があり、形が変で、聖書に載っていないなどの理由で観賞用植物として扱われていました。「悪魔の食べ物」と呼ばれることもありました。
次第に、飢えを恐れ、食べ物を求める人々によってジャガイモは、増やされ食べられるようになりました。アンデス生まれで寒さに強いジャガイモは、ドイツなどの低温の畑でもよく育ちました。戦争によって畑を踏み荒らされても、ジャガイモは掘り出して食べることが可能でした。
次第にジャガイモは、優秀な食物として認知され、ヨーロッパで広く栽培されるようになり、全世界に広がりました。
2) ジャガイモと日本
日本への伝来はサツマイモよりも早く、16世紀末でした。1598年にオランダ人が長崎に持ち込みました。ジャワのジャガトラ(ジャカルタ)港を経由しため、「ジャガタラ芋」と呼ばれ、「ジャガイモ」と短縮されたと言う説が有力です。
日本においても当初は観賞用植物として扱われ、食用としては普及しませんでした。後から日本にやってきたサツマイモの方が普及しました。ジャガイモよりも甘味に富むことがその一因と考えられています。サツマイモは、救荒食物として薩摩藩のみならず幕府や江戸以西の各藩が栽培を奨励し、増産されました。
現在では、気候温暖化や品種改良により、北海道はじめとして北国でもジャガイモは、たくさん栽培されています。仮に、江戸時代の北陸や東北諸藩がジャガイモを救荒食物と考えて作付けしていたら、歴史が変わっていたかも分かりません。冷害による凶作にも、ジャガイモで耐え抜くことができた諸藩が、サツマイモを植えた西南諸藩に対抗できたのではと思われます。
ジャガイモの本格的な栽培は、明治時代になって北海道で行われました。ジャガイモは、北海道の気候・風土に良く合いました。図4にように、メークインは公立の農事試験場によって育てられ、男爵イモが民間人の川田男爵によって育てられました。
メークインも男爵イモも、わが国で広く栽培され、たくさん食べられています。メークインの方が、グリコアルカロイドを蓄積し易いようです。栽培中も、イモに光が当たらないように根元にしっかり土寄せし、収穫後も冷暗所で保管しましょう。
図5は、男爵イモ育ての親である川田龍吉(二)男爵の紹介です。手紙は、大型の船を造るため留学していたスコットランドから来た、ラブレターです。板書されているのは、川田男爵の座右の銘であった「口の泡よりも腕の汗」です。函館の近くの当別にあった男爵資料館に展示されていました。資料館のジャガイモ料理は、なんとなく懐かしい味でしたが、閉館となっているようです。「明治は遠くなりにけり」ですね。
図6のように、東京から愛車で来られた小久保彌太郎先生をご案内したこともありました。
参考文献
1) 東京都:日野市内小学校の調理実習で調理されたジャガイモ による食中毒、2023年 6 月 7 日
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/hodo/saishin/pressshokuhin230607.html
2) 農林水産省: ジャガイモによる食中毒を予防するために、2022年4月28日
https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/foodpoisoning/naturaltoxin/potato.html
3) 伊藤章治: ジャガイモの世界史―歴史を動かした貧者のパン―、中央公論社 (2008) ISBN978-4-12-101930-1
4) 小久保彌太郎編著:現場で役立つ食品微生物Q&A第5版、中央法規出版、2021年ISBN978-4-8058-8337-2